顎関節症の治療において、最も一般的で、かつ効果的な保存療法の一つに「マウスピース(スプリント)療法」があります。これは、患者さん一人ひとりの歯型に合わせて作製した、プラスチック製の装置を、主に就寝中に装着することで、顎関節や咀嚼筋にかかる負担を軽減し、症状の改善を図る治療法です。では、このマウスピースは具体的にどのようなメカニズムで効果を発揮するのでしょうか。その役割は多岐にわたります。最大の目的は、「歯ぎしりや食いしばりによる過剰な力からの保護」です。多くの顎関節症は、無意識に行われるこれらの悪癖によって、咀嚼筋が異常に緊張し、顎関節に過大な負荷がかかることが原因となっています。マウスピースを装着することで、上下の歯が直接強く接触するのを防ぎ、クッションのように力を分散・吸収して、筋肉と関節を休ませることができるのです。次に、「顎関節の位置を安定させる」効果も期待できます。マウスピースによって適正な厚みを持たせることで、噛み合わせの高さが少し上がり、顎関節がリラックスした、本来あるべき位置に誘導されやすくなります。これにより、関節円板のずれが改善されたり、関節内部の圧力が軽減されたりします。さらに、マウスピースという「異物」が口の中にあることで、脳にその存在がフィードバックされ、無意識の歯ぎしりや食いしばりの癖そのものを抑制する効果(バイオフィードバック効果)もあると考えられています。マウスピースの作製は、歯科や口腔外科で行われます。まず歯型を採り、それをもとに歯科技工士が作製します。完成したマウスピースは、実際に装着して噛み合わせの微調整が行われます。保険適用で作製できますが、いくつかの注意点もあります。装着し始めは、違和感や締め付け感があるかもしれません。また、マウスピースは消耗品であり、歯ぎしりが強い人ではすり減ったり、破損したりすることもあるため、定期的な歯科でのチェックと調整が不可欠です。そして何より、マウスピースはあくまで症状を緩和するための対症療法の一つであり、これを装着するだけで全ての顎関節症が治るわけではありません。悪癖の自覚やストレス管理、セルフマッサージといった他の治療法と組み合わせることで、初めてその効果を最大限に発揮することができるのです。