マイコプラズマ肺炎の大きな特徴の一つは、高熱を伴わないケースがあることです。この「熱なし」という点が、実は診断を遅らせ、適切な治療の開始を妨げる大きなリスクとなり得ます。なぜなら、患者さん自身も、そして時には医療者側でさえも、肺炎という重い病気である可能性を見過ごしやすくなってしまうからです。例えば、子供が熱もなく、比較的元気に遊んでいるけれど、コンコンと咳をしている。親としては「風邪気味かな」と考え、しばらく様子を見てしまうかもしれません。学校も休ませるほどの症状ではないため、そのまま登校させ、結果的に集団生活の中で感染を広げてしまう一因となることもあります。大人でも同様です。熱がないため仕事も休まず、日常生活を送れてしまう。しかし、その裏では、気道でマイコプラズマが増殖し、炎症がじわじわと広がっているのです。マイコプラズマ肺炎の診断が遅れると、いくつかの問題が生じます。第一に、咳の症状が長引き、体力の消耗や睡眠不足につながり、生活の質が著しく低下します。激しい咳き込みは、胸や腹筋の筋肉痛を引き起こし、夜も眠れないほどの苦痛を伴うことがあります。第二に、不適切な抗菌薬(抗生物質)が処方されてしまうリスクです。一般的な細菌性肺炎によく使われるペニシリン系やセフェム系といった抗菌薬は、細菌の細胞壁を壊すことで効果を発揮します。しかし、マイコプラズマは細胞壁を持たない特殊な細菌であるため、これらの薬は全く効果がありません。マイコプラズマ肺炎には、マクロライド系やテトラサイクリン系、ニューキノロン系といった、細菌の蛋白合成を阻害するタイプの抗菌薬が必要です。熱がないからと風邪と判断され、効果のない薬を飲み続けることで、治癒が遅れ、症状が重症化してしまう可能性もあるのです。さらに、稀ではありますが、中耳炎や無菌性髄膜炎、心筋炎、肝炎、ギラン・バレー症候群といった、肺以外の合併症を引き起こすことも報告されています。これらのリスクを避けるためにも、熱がないというだけで安心せず、しつこい咳が続く場合には、マイコプラズマ肺炎の可能性を念頭に置いた、専門的な診断を受けることが何よりも大切です。
熱なしのマイコプラズマ肺炎、見逃されるリスク