「まさか、自分が」。それが、私がうつ病と診断された時の、正直な気持ちでした。明るく、社交的。それが、周りから見た私であり、私自身もそう信じていました。異変が始まったのは、昇進して、これまで経験したことのない重圧のかかるプロジェクトを任された頃でした。最初のサインは、眠れないことでした。ベッドに入っても、仕事のことが頭の中をぐるぐると駆け巡り、気づけば朝になっている。睡眠不足で、日中は頭がボーッとして、簡単なミスを連発するようになりました。大好きだった週末の趣味にも、全く興味がわかなくなり、ただ一日中、ソファで天井を眺めて過ごすだけ。食事も、砂を噛んでいるようで、味がしない。そして、何よりもつらかったのが、理由もなく涙が出てくることでした。通勤の電車の中、会社のトイレで、声を殺して泣きました。自分の心が、自分のコントロールを離れて、バラバラになっていくような感覚。家族や同僚に心配をかけたくなくて、「大丈夫」と笑顔で取り繕っていましたが、心の中は嵐でした。「これは、ただの疲れではない」。そう気づいた私は、インターネットで「眠れない」「やる気が出ない」といった言葉を検索し、「うつ病」というキーワードに行き着きました。そこに書かれていた症状のリストは、驚くほど、今の自分に当てはまっていました。病院へ行かなければ。でも、どこへ?精神科、心療内科…正直、どちらも自分には縁のない、敷居の高い場所に感じられました。しかし、このままでは本当に壊れてしまう。そう思った私は、一番近くにあった、「メンタルクリニック」という看板を掲げた、小さな精神科のクリニックを予約しました。診察室で、これまでのことを話しているうちに、私は堰を切ったように泣き出してしまいました。先生は、私の話を静かに、そして最後まで遮ることなく聞いてくれました。そして、「よく、ここまで一人で頑張りましたね。これは、あなたの心が弱いからではなく、脳が疲れて、エネルギーが切れてしまった状態なんですよ」と言ってくれました。その言葉に、私はどれだけ救われたことか。うつ病は、甘えでも、性格の問題でもない、治療が必要な病気なのだと、初めて理解できた瞬間でした。
私がうつ病で精神科の扉を叩くまで