山田さん(75歳)は、夫を亡くしてから一人暮らし。若い頃から小食だったが、一人になってからは、食事の準備も億劫になり、毎日の食事は、お茶漬けと漬物、あるいは菓子パンと牛乳といった、簡単なもので済ませることが多くなっていた。そんなある日のこと、山田さんは、椅子から立ち上がろうとした瞬間に、ふくらはぎにピリッとした痛みを感じるようになった。最初は気のせいかと思っていたが、痛みは徐々に強くなり、歩くことさえ億劫になっていった。「歳のせいだから仕方ない」。そう自分に言い聞かせ、近所の整形外科で湿布をもらっていたが、症状は一向に改善しなかった。そんな山田さんを心配したのが、週に一度、様子を見に来る娘の智子さんだった。智子さんは、母のふくらはぎが、以前よりも細く、力なくなっていることに気づいた。そして、冷蔵庫の中に、まともな食材がほとんど入っていないことにも。智子さんは、母が「新型栄養失調」に陥っているのではないかと直感した。智子さんは、かかりつけの内科医に相談し、事情を説明。医師は、山田さんの血液検査を行い、その結果、血中の総タンパク質とアルブミンの値が、基準値を大幅に下回っていることが判明した。診断は、タンパク質欠乏による「サルコペニア(筋肉減少症)」が進行している状態だった。ふくらはぎの痛みは、筋肉が衰え、体を支えきれなくなっている悲鳴だったのである。医師からは、「山田さん、カロリーだけ摂っていてもダメですよ。筋肉の材料になるタンパク質をしっかり食べないと、歩けなくなってしまいます」と、厳しいながらも、温かい指導を受けた。その日から、智子さんは、母の食生活の改善に乗り出した。毎週末に、肉や魚、卵、豆腐などを使った、やわらかくて食べやすい常備菜を何種類も作り置きした。また、手軽にタンパク質が摂れる、栄養補助飲料やプロテインパウダーの活用も勧めた。最初は「そんなに食べられない」とこぼしていた山田さんも、娘の愛情のこもった食事を続けるうちに、少しずつ食欲が戻り、体の変化を感じ始めた。ふくらはぎの痛みは和らぎ、杖なしで散歩できるようになるまで回復した。「食事がこんなに大事だなんて、この歳になって初めてわかったよ」。そう言って微笑む母の顔を見て、智子さんは、食事が命を繋ぎ、人を支える力になることを、改めて実感したのだった。
ある高齢女性の告白。ふくらはぎの痛みが教えてくれたこと