朝一番の予約で病院へ向かったはずなのに、すべてが終わって病院の玄関を出たときには、すでにお昼を過ぎていました。その時間の半分以上を占めていたのは、診察ではなく「待ち時間」であり、特に最後に立ちはだかった「会計の壁」は、私の心身を激しく消耗させました。医師との対話はわずか十分。説明は明快で、処置も的確。そこまでは完璧な医療サービスだと満足していたのです。しかし、診察室を出てからが本当の試練でした。渡されたクリアファイルを会計窓口のトレイに置き、待合室の硬い椅子に腰を下ろしてから、私の名前が呼ばれるまでに四十分の月日が流れたような感覚に陥りました。電光掲示板に表示される番号が自分のものに近づくのを、祈るような気持ちで凝視し続ける時間は、病み上がりの体には酷なものでした。周囲を見渡せば、小さな子供を連れた母親がぐずる我が子を必死になだめ、高齢の男性が何度も受付に「まだか」と尋ねる光景がありました。誰もが、診察で安心を手に入れたはずなのに、最後の最後で不自由な時間に縛り付けられているのです。なぜ、一円単位まで正確な金額を算出することに、これほどの時間を要するのでしょうか。レジでバーコードを読み取るスーパーのような速さは、医療の世界では不可能な夢なのでしょうか。スマートフォンのバッテリーが切れかけ、空腹が限界に達した頃、ようやく私の番号が機械的な音声で読み上げられました。自動精算機に向かい、提示された金額を支払うのにかかった時間はわずか三十秒。この三十秒の結果を得るために費やした四十分間の意味を、私は自問自答せざるを得ませんでした。病院での会計待ちは、単に時間を奪われるだけでなく、治療への満足度をも低下させる副作用を持っています。どんなに名医に診てもらっても、最後の会計が遅ければ、その病院の印象は「待たされる場所」として上書きされてしまいます。最近では、クレジットカードを事前登録しておけば診察後にそのまま帰宅できる「後払いサービス」を導入する病院も増えていると聞きます。もし、私の通う病院にそのような仕組みがあれば、診察室を出た瞬間に私は自宅で休むことができていたはずです。医療の質は日々進化していますが、患者の「時間」に対する配慮も同じスピードで進化してほしいと、重い足取りで薬局へ向かいながら強く願わずにはいられませんでした。
診察後の長い会計待ちに疲弊した私のリアルな一日